唐津市和多田にある関東軒ラーメン

数年ぶりに関東軒に行ってきました。

もりろん移転してからの店舗は初めて

そして、オーナーが代わってからも初めて

昔食べた支那そばの味なんか忘れちゃってます(^^;)

ん?

支那そばってなに?(笑)

ちょっと調べてくる!!!

「支那そば」とは、「ラーメン」の別称です。

明治時代に日本に多く開店した中華料理店で提供される麺料理を、日本の麺料理である「蕎麦(そば)」と区別して「南京蕎麦」と呼んでいましたが、明治後期の1910年に東京の浅草に中華料理店「来々軒」が開店、日本向けの醤油ラーメンを「支那蕎麦」という名称で販売したものが全国的に広まり、当時の日本で定着したとされています。
(途中省略)
明確な定義はないものの、「ラーメン」の中でも「中華そば」という商品名を用いたものは、煮干しや鶏ガラなどのあっさりした出汁と醤油のカエシを用いたスープで、「支那そば」をルーツとするオーソドックスな「ラーメン」が多いといえます。

引用:1分で読める!! [ 違いは? ]

まぁ醤油ラーメン的な感じでしょうか?

で、昔からあった唐津市の関東軒

和多田駅の近くにあり、お昼時は狭い駐車場もいっぱいになってました。

そんな人気があった関東軒も

数年前に、前オーナーの具合が悪くなり、お店も休み休みだった記憶があります。

そして、閉店ガラガラ。

ネットで『関東軒』を探すと佐賀新聞ニュースにてこんな記事発見!

醤油ラーメン半世紀「関東軒」

九州では珍しい醤油ラーメンの老舗、唐津市和多田の「関東軒」。自家製の平打ち麺と、あっさり味のスープで多くのファンを引き付けた。

昭和40(1965)年ごろ、鈴木義和さん(76)弘子さん(73)夫妻が同市南城内にあった地下飲食街で開店。満州から引き揚げた弘子さんの父親が開いたラーメン店で修業した義和さんが、本場仕込みの味と屋号を引き継いで独立した。

その後、同市刀町に移転し、現在の店舗は昭和60(1985)年から。研究熱心な義和さんは、おいしい店があると聞けば全国を飛び回った。看板メニューの「支那そば」は東京の名店に住み込みで働き、スープの取り方を盗み見して自己流にアレンジしたもの。

丁寧に血抜きしたとんこつに牛テールや鶏、それに昆布といりこを少々。このスープに弘子さん秘伝のレシピの醤油だれが溶け合う。長年かけて夫婦で作り上げた味だった。

麺がなくなれば店じまい。多い日で1日500杯ほどが出た。しかし、7月に義和さんが病気で入院。弘子さんとスタッフで1カ月ほど店を切り盛りしてきたが、太さが均一でない自家製めんは、ゆで加減が難しく、経験の浅いスタッフに義和さんほどの「勘」を求められなかった。「これ以上、店は続けられない」。決断から1週間後、弘子さんはのれんを下ろした。

「もったいない、と言ってくれる人も多いけど、『あそこはつぶれた』と言われるより、惜しまれて辞めた方がいい。主人ともそう話し合った」と弘子さん。常連客の一人は「あちこち行列のできるラーメン店に行ったけど、ここが一番」と言ってくれたという。そんな思いに支えられた半世紀。「手作りにこだわってきたおかげかな」
2011年09月08日更新

なるほどですね~

そんな歴史があったのか(^^;)

まったく知りませんでした(笑)

で、閉店したお店の権利?味?を現在のオーナーが買い取って

再度オープンさせて、進化を遂げながら現在に至るようです。

場所も、近くですが移転してます。

メニューを見て悩む・・・

正直、とんこつ味のラーメンを頼もうかと思いましたが

ここは人気ナンバー1の支那そばのチャーシューを注文

手元にオーナーが届けてくれたのはこのラーメン

ウマウマでした(^_-)-☆

特にスープとチャーシューは最高!

久しぶりに美味い醤油ラーメン食べたと思いました!

チャーシューも肉厚で程よい柔らかさ!

バリウマです。

麺!!!?

めちゃくちゃ特徴あります。

平打ち麺

えーと麺がめちゃ薄いです(^^;)

あまり見かけないような珍しい自家製麺

薄いけど麺は伸びていない

不思議な感じでした!!

総合評価の発表


スープ(★★★★☆)


麺(★★★☆☆)


チャーシュー(★★★★★)

的な感じで評価をさせて頂きました。

ちょっと食べている途中に感じたことが・・・

『アレ?』

『チキンラーメン・・・!!!?』

そう、あのチキンラーメンの麺、スープに似ているような(^^;)

ホントに感じちゃいました(笑)

あのインスタントのチキンラーメンを

お店で食べるとこんな感じなんだろうな~っと思い思い

完食。

チャーシューがバリウマなんで

また行きます(笑)

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